【大学病院】これは私の歯ではない
ある日、アジア系の男性のカルテがあった。日本の美大での研究を終えて帰国し、母国で教授のイスが予定されているという。ところが交通事故に遭い、下の前歯を5本連続で失ってしまった。もはやBr(ブリッジ)適応ではない。
当科講師の先生がCo-Cr(コバルト・クロム合金)の金属床義歯を作ったが、彼は納得しなかった。
「オーノー! これは私の歯ではない。」
それゆえ、教授患者として予約されたのだ。
教授室に報告に行くと、教授は難しさを察して外来に出てきてくれた。
「Kさん、この金属がダメ?」
「そうです。私の歯に金属はついていなかった。」
「じゃあ取ろうか。」
と言ってクラスプをいとも簡単にニッパで切断してしまった。
すごい握力である。
「佐藤先生、『マル模(研究模型)』をとってTEKを作ってもらおう。」
「コーヌスですか?」
「ああ。」
ここからは私の出番。その後コーヌス・クローネ式のクラスプ(バネ)のない義歯を完成させsetの日をむかえた。ここでKさんがまだ納得いかない。
「これ何? 私の歯にこんなのいらない。」
着脱用のノブが気に入らないらしい。またもや教授に来てもらい、指示を仰いだ。
「じゃあKさん、これも取ろうか。」
ノブを切断、研磨してコーヌスデンチャーを装着。
「オー、ドクター。やっと私の歯になりました。」
私の型破りも大山先生の影響を強く受けていると思う。