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2011年12月25日

顎口腔機能治療部とは先天または後天的な大規模な口腔内欠損の補綴を行う特殊治療室である。そこで新人最初の治療になるのは、上顎洞腫瘍摘出後のオブチュレーター(義顎)が多い。
手術後、口の中を覗くと、上顎の何割かが切除され、副鼻腔から眼窩底までが露出している。話すことも口から水を飲むこともできない。点滴で命をつなぎ、首から胸にかけての包帯が痛々しい。講師の教官から主治医担当の旨を受け、入院病棟に挨拶に出向く。
患者さんの目が語る。

「こんな大がかりな手術とは聞いていなかった。だまされた。」
恨みの眼差しが痛い。
治療室に車イスで移動してもらい、口の中を調べる。
術後の硬直のため指1本分くらいしか口が開かない。歯型が取れない。
ガンジー似の講師の先生に指示を仰ぐと、彼は振り向きもせずに坊主頭に指を当てる(自分で考えろよ!)。

学生時代の知識は通用しないし、通常の保険診療にも当てはまらない。しばらく考えて型を取る道具を口に入る薄さまで削っていく。
ガンジーから「good!」の声がかかる。何度か型取りに失敗する。鼻や喉に材料が詰まり、患者さんがむせって顔を真っ赤にする。自分の無能さに泣きたくなる。
「大きなシリンジがあるだろう!」
とはガンジーの声。
「そうか注射器で材料を上顎洞(鼻の中)に入れるんだ。」
やったはいいが、今度は口の外に出せない。
「メスで切り離して外してからつなげよ!」

およそ2時間で初回終了。患者さんを入院病棟まで送り、帰ってくる。
そこでガンジー教官のゲキが飛ぶ。
「手術を受けた患者さんはこれから絶望と不安の日々を闘っていく。そんな中で水が飲めるようになることが大きな救いになるんだ。オブチュレーターが1日遅れれば1日余計に絶望する。患者さんを助けられるのは君たちの熱意ひとつにかかっている!

外注すれば完成まで、4~5週間かかる工程を、新人主治医は連日の泊まり込みで毎日工程を進めていく。寝ずの作業で1週間未満のスピードを競う。数日後に完成したオブチュレーター(義顎)を入れた患者さんが術後初めてはっきりした口調でこう言った。
「水が飲めるようになって、やっと生きたいという気持ちになった。頑張ってみるよ。ありがとう、先生。」
こうして数少ない顎補綴のスペシャリストのヒナが誕生していく。

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さとう歯科医院 院長 佐藤達也

さとう歯科医院
http://www.satou-client.jp/
院長 佐藤達也

【ブログの主旨】

「診療雑感」は、私が過去にどのようなことを感じ、どんな診療を行っていたかをまとめたものです。症例写真だけでは技術をお見せすることはできませんが、文章なら私の人間性を語ることができます。 なじみの患者さんが言っていた、「何かあったら、(佐藤)院長が出てきてくれるんだから、俺は今の先生を信頼してお任せしていますよ。」とは、ありがたいひと言である。


【経歴】

1988年 東京医科歯科大学卒業

1988年~1990年 東京医科歯科大学研修医修了(2期生)

1990年~1998年頃 東京医科歯科大学・障害者歯科学講座・顎口腔機能治療部において、大山喬史教授(当時の病院長、現在学長)の指導のもと、教授診療助手のチームリーダーとして、難易度の高い義歯や著名人・芸能人の審美歯科治療を担当。

1991年~1998年頃 障害者歯科学講座・障害者歯科治療部において、有病者の歯科治療。

1992年6月 大田区東雪谷にて開業。

2004年9月 現在住所(隣)に移転。