【大学病院】死に顔
これは私の直接の仕事の話ではない。
教授診療チームの後輩歯科医師から聞いた話である。
彼は優秀であるばかりでなく、その心配りたるや達人の域だった。その後輩歯科医師なくして私は大学で無事診療を終えられなかったと思う。動力担当部署に教授診療であることを電話すれば夜8:30頃まで動力が使えること、それ以降は訪問診療セットを準備すること、技工部との連携、歯科衛生士への根回し、後片付け、すべて彼が教えてくれ、先頭に立って実行してくれた。なおかつ上層部の私への評価をさりげなく伝えてくれ、「まだまだ攻めの診療ができる」と教え、励ましてくれた。本当にありがとうございました。
話を診療に戻す。患者さんは車イスに乗って奥さまとともに外来にいらした。もはや治る見込みのないところまできており、口から食事をとれる状態ではなかった。
それでも総義歯を作ってほしいという。
「主人は来週予約しても、もう来院できないかもしれません。それでも主人の最後の願いを聞いてやってほしいのです。」
後輩歯科医は状況を察し、診療後に自分で義歯を作っていた。超特急で作った義歯を入れた患者さんは
「どこも痛いところはありません。鏡を見せてください。」
と言った。
それがお会いした最後だったという。
「佐藤先生、あとでわかったんですけど、あの人は有名な軍人さんだったんですよ。奥さまから手紙が届きました。」
先日はご丁寧な診療、ありがとうございます。
主人は帰宅すると私に昔の軍服を出すように命じました。
それを着て鏡の前で、なんと立ち上がり白い帽子もかぶり、満足の笑みを浮かべておりました。
本当にお世話になりました。