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2011年12月17日

研修医修了後に学外に出る友人がいた。彼の患者さんリストの中に弁護士希望の女子大生がいた。決して有名法科ではないながら、大学卒業後に予備校に入り、司法試験を目指すという。
今も昔も私はそういうのに弱い。
「J子ちゃんをちょうだい。」と友人にお願いして、引継ぎをしたのはいいものの、私個人の治療日と彼女の大学のカリキュラムが咬み合わない。意を決して会ったこともない彼女の親に宛てて長文の手紙を出した。

<手紙の内容>
彼女の大きな志に比べてお口の中の状態の悪さに何とかお助けしたいと思います。本当だったらこの歯を助けて、本当だったらこの歯を抜いて、親知らずを移動させ、矯正を含めて大掛かりな治療が必要です。彼女の試験本番のときに歯が痛んで困るような事態は何としても避けたいのです・・・。

幸いにしてか、あきれられてか、OKの返事をいただいた。
ただし、特殊治療室で普通の女の子が矯正治療まですることになった。
掟破りの進退をかけた治療は、その後も次々と舞い込み、私のトレードマークとなってしまった。

2011年12月16日

いつも診療の話ばかりなので、ちょっとコーヒーブレイクの話をしましょう。

あるタレントの女の子から相談を受けた。
当時25歳の人気サッカー選手「カズ」の誕生日プレゼントは何がいいだろうかと。

「多くの女の子に取り囲まれているから、並みのプレゼントじゃ気を引けないよな。
ロレックスやアルマーニだって年上の女性やお嬢さまからもらうだろうし・・・。」
私のアドバイスが効いたのか、彼女は彼のポルシェの助手席に乗せてもらえるようになったらしい。

「カズがね・・・」「カズが言うんだ・・・」
ずっとカズ、カズ、カズで口の中に手が入れられない。キレた私はこう言った。
「そりゃあ今は彼がスターで有名人には違いない。でも60歳過ぎても今のままだとは限らない!(俺の方が有名人になってやる。)」

彼女は大きな目を見開いて固まっていた。
(何・・・このオ・ジ・サ・ン?)

後になって思う「カズは本物だったよな。ヤバイこと言ったかな?」

2011年12月15日

今日も診療室でモデルの女の子が彼氏の話に夢中になっていた。
「Mはね、カートのドライバーでね。腕はいいんだけどお金がないから、優勝できないんだ。ジャニーズのAなんかどうせ道楽のくせにいいマシンでさ...。」
「Mはね、友達の車が故障したからって、自分の車の部品を外して貸してあげちゃうんだよ。
自分がレースに出れないじゃん!」

「でも、君はそんな彼が好きなんだよね。」
彼女は大きくうなづいた。

そんなある日...。
「Mが歯が痛いんだって。でも歯医者なんか行きたくないって言ってるの。どうしよう? 先生助けて!」
私は小さなメモ用紙にコメントを記入して彼女に渡した。
「これを彼に渡してごらん。君が言うような人だったら必ず私に会いに来るから。」
「本当? こんなメモぐらいでMが歯医者になんか来るの?」

彼はすぐにやって来た。
「あんなこと言われちゃ、来ない訳にいきません。覚悟してますからよろしくお願いします。」
立派な体格の男は痛みに弱い。
治療イスの上でも体がこわばっている。私はいつものように緊張を和らげるような会話をしながら痛みのない麻酔をした。

驚く彼を尻目に痛みもなく手際よく初回の治療を終えた。
彼の目に感動の文字が光っている。

数回の治療でスッカリ信頼関係を結んだ彼が言った。
「あいつ(モデルの女の子)色々問題ありますけど、根はいい女なんでこれからも守ってやってください。お願いします。」

やれやれ、俺は男にはいつも強いんだよね...。

2011年12月14日

ある日、アジア系の男性のカルテがあった。日本の美大での研究を終えて帰国し、母国で教授のイスが予定されているという。ところが交通事故に遭い、下の前歯を5本連続で失ってしまった。もはやBr(ブリッジ)適応ではない。
当科講師の先生がCo-Cr(コバルト・クロム合金)の金属床義歯を作ったが、彼は納得しなかった。
「オーノー! これは私の歯ではない。」
それゆえ、教授患者として予約されたのだ。
教授室に報告に行くと、教授は難しさを察して外来に出てきてくれた。

「Kさん、この金属がダメ?」
「そうです。私の歯に金属はついていなかった。」
「じゃあ取ろうか。」
と言ってクラスプをいとも簡単にニッパで切断してしまった。
すごい握力である。
「佐藤先生、『マル模(研究模型)』をとってTEKを作ってもらおう。」
「コーヌスですか?」
「ああ。」

ここからは私の出番。その後コーヌス・クローネ式のクラスプ(バネ)のない義歯を完成させsetの日をむかえた。ここでKさんがまだ納得いかない。
「これ何? 私の歯にこんなのいらない。」
着脱用のノブが気に入らないらしい。またもや教授に来てもらい、指示を仰いだ。
「じゃあKさん、これも取ろうか。」
ノブを切断、研磨してコーヌスデンチャーを装着。
「オー、ドクター。やっと私の歯になりました。」

私の型破りも大山先生の影響を強く受けていると思う。

2011年12月13日

大山教室での4年間を終え、開業するに当たって自分の実績を示すデータが欲しいと思っていた。
そこで教授に自分の治療させていただいた患者さんの口腔内スライドをコピーさせていただけないかと相談した。
彼の返事は
「君が実際に担当したんだから、全てよろしい。」
というものだった。意気揚々とスライドをセレクトし、開業予定の自院に持ち込んだ。

そんなある日、残っていた難しい治療の患者さん(私が手を下した大掛かりの治療の患者さんは、開業後も長い間木曜日に大学で診療していた。)から、昔の話を聞いた。
彼女は顎顔面部の大きな外傷を受けており、当時の記憶は定かではないようだった。受傷後、外科的な大手術を受け、その後歯科にも来院していた。

「私、ショックでした。本の検索をしていたら偶然形成外科の学会誌を見つけてしまい、そこで私の病名を知って・・・。形成外科の先生を本当に信頼しておりましたのに、複雑な思いです。」

私は自分のいたらなさを痛感した。
私が自慢したかった大掛かりな治療とは、患者さんにとっては、消し去りたい過去でしかなかった。以来、私のスライドは埃をかぶったままである。

2011年12月12日

東京医科歯科大学の歯学部付属病院の外来に所属する歯科衛生士は驚くほど少ない。それゆえ、直接診療を手伝ってもらうことは殆どなかったが、外来での診療をスムーズに進行させるために、多大なるサポートをしていただいた。どうもありがとうございます。

年上のYさん、昔からの教授の患者さんをよく把握しており、色々アドバイスしてもらった。仲間感覚で接してくれたMさん、私をしのぐ直言にしばしたじろいだこともあった。
元気ハツラツAさん、夜中まで診療したときも、習い事の後に気遣って帰って来てくれた。「いくらなんでもやりすぎです!」
よく叱られたっけ。

いずれも肩こりがひどい人達だったので、よく肩揉みをして回った。持ち寄りパーティーと称して宴会になると料理をしたのが私だけだったこともある。(仲間内での私の評価のひとつに「嫁さんにしたい男No.1」というのがある。)

彼女たちの静かなる協力のもとに早朝から夜間まで診療させてもらった。開業後も月1回のペースで訪問し、お菓子と肩揉みのサービスをさせてもらった。ワガママ勝手な歯医者で申し訳ありませんでした。

2011年12月11日

大学病院時代から、スタッフ、患者さんともに女性が多い。
必然的にというか、だんだんカンが良くなっていった。目の大きな女性はわかりやすい。目に、内部情報が豊富にある。お肌の調子、服装にも出てくる。
また、音にも敏感になる。世の中の男性諸氏、奥さまの台所の洗い物の音をちゃんときいていますか?

特に大学病院時代は周囲も独身の方が多く、診療後に声をかけた。
「ケーキセットでお茶しない?」
最初はとりとめもない話をしていても、何かあれば、話がそちらに向かっていく。問題の多くは交際相手のこと。
当時はまだ占いも知らず、また私の若い未熟さも重なって話が長くなることが多かった。

・・・
Aさん「彼は私のことどう思ってるの?」
Bさん「二股かけていたなんて信じられない!」
Cさん「彼とケンカしちゃった、どうしよう?」
Dさん「彼の奥さんが出てきちゃった」
Eさん「このままじゃ耐えられない!」
Fさん「私は彼を理解しようとつとめているのにどうしてわかってもらえないの?」
・・・
ほとんどの女性は公衆の面前ではおさえている。ただ、おさえきれない瞬間は突然やってきた。
夜の大学外来・医局、近所の駅前、渋谷ハチ公前の交差点・・・
―――ドラマのワンシーンのように。

「先生、ゴメンなさい。先生が悪いワケじゃないのに・・・。」
23年間もラグビーでスクラムを組んでいた私の胸は、泣くには調度良い厚さだったのかもしれない。知らない人が見たら、私は大悪人。けれどそれを受け止めているから今日があると思う。

また、世の中一方的ということはありえないとだんだんわかってきた。

「タツヤ君、あなたの知らない所で泣いている子がいるかもね・・・」
年上の女性にそう声をかけられたことも耳が痛い。年々気づかないフリもうまくなってきたようだ。どこかの男性に私のことでご迷惑をおかけしたこともあるだろう。

One for all. All for one

でいきましょうか! ダメですかね?

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さとう歯科医院 院長 佐藤達也

さとう歯科医院
http://www.satou-client.jp/
院長 佐藤達也

【ブログの主旨】

「診療雑感」は、私が過去にどのようなことを感じ、どんな診療を行っていたかをまとめたものです。症例写真だけでは技術をお見せすることはできませんが、文章なら私の人間性を語ることができます。 なじみの患者さんが言っていた、「何かあったら、(佐藤)院長が出てきてくれるんだから、俺は今の先生を信頼してお任せしていますよ。」とは、ありがたいひと言である。


【経歴】

1988年 東京医科歯科大学卒業

1988年~1990年 東京医科歯科大学研修医修了(2期生)

1990年~1998年頃 東京医科歯科大学・障害者歯科学講座・顎口腔機能治療部において、大山喬史教授(当時の病院長、現在学長)の指導のもと、教授診療助手のチームリーダーとして、難易度の高い義歯や著名人・芸能人の審美歯科治療を担当。

1991年~1998年頃 障害者歯科学講座・障害者歯科治療部において、有病者の歯科治療。

1992年6月 大田区東雪谷にて開業。

2004年9月 現在住所(隣)に移転。