【さとう歯科医院】笑顔
そのご婦人は、ご主人に連れられて来院した。
以前、私がご主人の義歯を作っており、常々「女房の体調が良くなったら連れてきますから。」
と言っておられた。
ご病気の為か、あまり表情がなく、また長時間口を開けたり、座っているのは困難な状態であった。技術的なことは経験から何とでもできる。大学病院障害者歯科では脳梗塞や心筋梗塞のあった方の心拍、血圧、脈の乱れ、血中酸素飽和度等をモニターしながら(医科歯科大学でさえ麻酔医がつく余力がないので)横目と耳を使って診療していたのだ。
問題は心だった。なんとか、少しでも癒して差し上げられないものか?
わずかな会話の中にヒントがあった。
「先生、サユリチャンてかわいらしいわよねえ?」
この方にとってのサユリチャン?
「吉永さん?ですか?」
「そうよ。口元がウサギチャンみたいでかわいらしいと思わない?」
これだ!吉永小百合さんの笑っている写真をさがした。少なくとも最近は歯の見える写真はない。
後日、ロウ義歯試適(洋服の仮縫いのようなもの)の際、私は技工士の並べた歯を少し手直しした。若い頃の吉永小百合のような歯並びを作ってみたのだ。
「いかがでしょうか?」
私は手鏡を差し出した。
彼女の目に光がともった。
「あら、まあ!」
「あなた見て、どうかしら。」
「おお、おお、似合うよ。とても綺麗だよ。」
わずかばかりのお手伝いができたかもしれない。